Sykes-Picot Agreement 読み:サイクスピコアグリーメント
サイクス・ピコ協定 読み:サイクスピコキョウテイ
とは、
『第一次世界大戦中にイギリスとフランスを中心として中東の分割支配を秘密裏に取り決めた協定』
概要
サイクス・ピコ協定とは、1916年にイギリスとフランスを中心として締結された秘密協定を指す言葉である。
ロシア帝国もこれに同意しており、第一次世界大戦後のオスマン帝国領の分割と勢力圏の配分について取り決めが行われた。
この協定では、現在のシリア、イラク、レバノン、パレスチナ周辺などの地域をイギリスとフランスがそれぞれ管理・影響下に置く構想が示された。
しかし、同時期にイギリスはアラブ側に対して独立支援を示唆するフサイン・マクマホン協定を進めており、後のバルフォア宣言とあわせて外交上の矛盾が問題視されることとなった。
1917年のロシア革命後、新たに成立したソビエト政権が秘密外交の実態を公表したことで協定の存在が世界に知られるようになった。
サイクス・ピコ協定は、その後の中東の国境線や政治情勢に大きな影響を与えた出来事として知られている。
語源
詳細≫
協定の交渉を担当したイギリスの外交官マーク・サイクスと、フランスの外交官フランソワ・ジョルジュ=ピコの姓に由来する。
つまり「サイクスとピコによる協定」という意味で名付けられた。

