歴史

征夷大将軍 (せいいたいしょうぐん)

征夷大将軍 読み:せいいたいしょうぐん
とは、

概要

征夷大将軍とは、日本の朝廷が授けた武官の称号を指す言葉である。もともとは古代日本において、蝦夷(えみし)を討伐するための軍の総司令官に与えられた官職名であった。

後に鎌倉時代になると、源頼朝が征夷大将軍に任じられたことで武家政権の長を示す称号としての意味を持つようになり、室町幕府や江戸幕府でも将軍職の正式名称として受け継がれた。一般には「将軍」と略して呼ばれることが多い。

近世の日本では、征夷大将軍は事実上の最高権力者として政治や軍事を統括した。

語源

詳細≫

征「服従しない者を討つ」+ 夷「東方の異民族・蝦夷」+ 大将軍「軍を率いる最高指揮官」から成る語。つまり「蝦夷を征討するための最高司令官」を意味する官職名として生まれた。

関連記事

非人 (ひにん)

非人 読み:ヒニン
とは、

概要

非人とは、中世から近世の日本で用いられた被差別身分の呼称。
近世には、幕藩権力の支配のもとで身分として編成され、物乞いの統制や街頭の清掃、警備、行刑の補助などの役務を担った。

地域によって身分の成立過程や組織、役務には違いがあり、一部では平人から非人身分に入る「足入」や、そこから平人に戻る「足洗」と呼ばれる身分移動もみられた。

明治4年(1871)の太政官布告によって法制上の身分・呼称は廃止されたが、その後も差別は残った。現在は歴史的な文脈や学術的な記述を除き、人を指す呼称としては差別語とされる。

穢多非人とまとめて呼ばれることもある。

例文

詳細≫

・江戸時代には、非人身分の人々が町の清掃や警備などの役務を担っていた。

・近世の非人は、地域によって異なる形で組織されていた。

語源

詳細≫

「非人」は、もともと仏教で「人間ではないもの」を意味する語。
日本では中世以降、一般の人々とは異なる境遇に置かれた人々を指す呼称として用いられ、近世には被差別身分の名称として定着した。

関連記事

穢多

穢多 (えた)

穢多 読み:エタ
とは、

概要

穢多とは、中世から近世の日本で用いられた被差別身分の呼称。近世には、幕藩権力の支配のもとで身分として編成され、皮革業や斃牛馬の処理、行刑などの役務を担った。

地域によって呼称や組織、担った役務には違いがあり、農業などに従事する者もいた。

明治4年(1871)の太政官布告によって法制上の身分・呼称は廃止されたが、その後も差別は残った。

現在は歴史的な文脈や学術的な記述を除き、人を指す呼称としては差別語とされる。

穢多非人とまとめて呼ばれることもある。

例文

詳細≫

・江戸時代には、穢多身分の人々が皮革業などに従事していた。

・穢多や非人は、近世の身分制度の中で被差別身分とされた。

語源

詳細≫

「穢多」の表記は鎌倉時代末期の『天狗草紙』などに確認される。
語源については、鷹の餌となる肉を扱う「餌取(えとり)」に由来する説などがあるが、確定していない。

「穢多」という表記は、後世に差別的な意味を込めて当てられたとする説がある。

関連記事

非人

尊王攘夷 (そんのうじょうい)

尊王攘夷 読み:ソンノウジョウイ
とは、

概要

尊王攘夷とは、江戸時代末期に広まった思想・運動で、天皇を尊び、外国勢力を日本から追い払おうとするもの。

幕末には、開国や外国との通商に反対する諸藩の志士らを中心に唱えられた。

後に、攘夷の実行が困難になると、尊王を軸とした倒幕運動へとつながっていった。

例文

詳細≫

・幕末の志士たちは尊王攘夷を掲げて活動した。

・尊王攘夷の思想は幕末の政治運動に大きな影響を与えた。

語源

詳細≫

「尊王」は「王を尊ぶこと」、「攘夷」は「外国人を追い払うこと」を意味する。「尊王」は中国の春秋時代の思想に由来し、「攘夷」は儒教の経典『春秋公羊伝』に見られる表現に由来する。

関連記事

攘夷

ハンムラビ法典 (はんむらびほうてん)

ハンムラビ法典 読み:ハンムラビホウテン
英語:Code of Hammurabi 読み:コードオブハンムラビ 

とは、

概要

ハンムラビ法典とは、紀元前18世紀頃に古代バビロニア王国のハンムラビ王によって制定された法典。犯罪、損害賠償、土地、商取引、家族関係、奴隷などに関する約282条の規定が刻まれている。

現存する代表的な石碑は、黒色玄武岩に法文を刻んだ高さ約2.25mの石碑で、1901年にスサ(現在のイラン)で発見され、現在はルーヴル美術館に所蔵されている。

「目には目を、歯には歯を」という同害報復の原則で知られ、被害に対する過剰な報復を抑えるという考え方も示されている。一方で、身分によって刑罰や賠償額が異なる点も特徴である。

語源

詳細≫

「ハンムラビ」は法典を制定したバビロニア王の名、「法典」は法律の規定を体系的にまとめたものを意味する。これらを組み合わせた名称。

関連記事

法典