歴史

La Noche Triste (ラノーチェトリステ)

La Noche Triste 読み:ラ・ノーチェ・トリステ
とは、

概要

ラ・ノーチェ・トリステとは、1520年6月30日から7月1日にかけて、スペインの征服者エルナン・コルテス率いる軍が、アステカ帝国の首都テノチティトランから撤退する際に大きな損害を受けた歴史的事件を指す言葉である。

この敗北では、多くのスペイン兵や同盟軍が戦死し、多くの財宝も失われた。しかし、コルテス軍はその後勢力を立て直し、翌1521年にテノチティトランを陥落させ、アステカ帝国を滅ぼした。

語源

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スペイン語で La は定冠詞、Noche は「夜」、Triste は「悲しい」を意味する。

直訳すると「悲しき夜」を意味し、コルテス軍がアステカ帝国からの撤退で壊滅的な損害を受けた出来事を指す名称として用いられる。

同義語

悲しき夜 (かなしきよる)

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Conquistador (コンキスタドール)

スペイン語:Conquistador 読み:こんきすたどーる
とは、

概要

コンキスタドールとは、15~16世紀の大航海時代に、スペイン王室の支援や許可を受けてアメリカ大陸へ遠征し、各地を征服したスペイン人の征服者を指す言葉である。

代表的な人物には、アステカ帝国を征服したエルナン・コルテスや、インカ帝国を征服したフランシスコ・ピサロがいる。その活動はスペインの植民地支配の拡大と、先住民社会や文明に大きな影響を与えた。

語源

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conquista「征服」に、行為者を表す接尾辞 -dor が付いた語で、「征服する者」を意味する。

もともとは、イベリア半島でイスラム勢力から領土を奪還する戦いで用いられた呼称で、その後、アメリカ大陸を征服したスペイン人を指す言葉として定着した。

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空城計 (くうじょうのけい)

空城計/空城の計 読み:クウジョウノケイ
とは、

概要

空城計とは、守備が手薄、あるいは無防備に見せかけた城や拠点をあえて見せることで、敵に罠や伏兵の存在を疑わせ、進軍や攻撃をためらわせる策略を意味する言葉である。

『兵法三十六計』の第三十二計に数えられる兵法の一つであり、兵力で著しく劣る状況において、相手の警戒心や知略を逆手に取る心理戦として知られている。実際の戦力ではなく、敵の疑念や恐怖を利用して優位に立つ点が特徴である。

これは一か八かの最終手段として語られることが多く、相手が慎重であるほど成功しやすい一方、見破られれば即座に敗北へつながる危険な策略でもある。

中国古典や兵法の文脈で語られることが多く、特に『三国志演義』において、諸葛亮(しょかつりょう)が城門を開け放ち、琴を奏でながら敵軍を退かせた逸話で広く知られる。ただし、この話には創作的要素が含まれているとされる。

語源

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空城は「人や兵の気配がない城」、は「はかりごと策略」を意味する。つまり「空城計」は「空の城を利用した策略」を意味し、無防備に見せることで敵の警戒心を利用する謀略を表す言葉となった。

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戦国時代 (せんごくじだい)【中国】

戦国時代 読み:センゴクジダイ
とは、

概要

戦国時代(中国)とは、中国の歴史において春秋時代の後に続く時代である。

一般的には紀元前403年に韓・魏・趙の三国が成立してから、紀元前221年に秦が中国を統一するまでの約180年間を指す。

この時代には秦・楚・燕・韓・魏・趙・斉の「戦国七雄」を中心として各国が激しく争った。

戦争が大規模化する一方で、富国強兵を目的とした政治改革や法制度の整備が進み、中国史に大きな影響を与えた。

また、商鞅、呉起、蘇秦、張儀、白起、王翦、廉頗、李牧など多くの政治家や軍人、思想家が活躍した時代としても知られている。最終的に秦が他国を滅ぼして中国を初めて統一し、戦国時代は終わりを迎えた。

語源

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「たたかう」、「国家」という意味から。つまり「戦国時代」は「多くの国々が戦争を繰り返しながら覇権を争った時代」を意味する。

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嚆矢 (こうし)

嚆矢 読み:コウシ
とは、

概要

嚆矢とは、ある分野や出来事において最初に現れたもの、または後の発展のきっかけとなった先駆的な存在を意味する言葉である。

現在では「○○の嚆矢」「業界の嚆矢」といった形で用いられ、ある取り組みや技術、思想などの先駆者や草分けを表す際に使われる。やや文章語的・学術的な表現であり、日常会話で使われることは比較的少ない。

もともとは戦場で最初に放たれる鏑矢(かぶらや)を意味したが、そこから転じて「物事の始まり」や「先駆け」を表す比喩として用いられるようになった。

語源

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中国語の「嚆矢」に由来する。
「さけぶ、音を発する」「や」で、もともとは戦いの開始を告げるために最初に放たれる鳴り矢や鏑矢を意味した。そこから転じて、「物事の始まり」や「先駆け」を表すようになった。

なお、「嚆矢」という語そのものは中国由来ですが、現代では日本語で比喩的な意味のほうが広く使われている。

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鏑矢