名言・ことわざ

元の木阿弥 (もとのもくあみ)

元の木阿弥 読み:モトノモクアミ
とは、

概要

元の木阿弥とは、いったん良い状態になったものや、努力によって改善されたものが、結局は以前の状態に戻ってしまうことを意味することわざである。

苦労や努力が無駄になり、物事が振り出しに戻るような状況をたとえて用いられる。

例文

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・禁煙に成功したと思ったが、再び吸い始めて元の木阿弥になってしまった。

・部屋を片付けても、数日後には元の木阿弥だった。

・改革を進めたものの、担当者が変わって元の木阿弥になった。

語源

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戦国時代、病死した子の身代わりとして、容姿がよく似ていた僧の木阿弥が大名の代役を務めたという逸話に由来する。

その後、本来の身分である僧に戻ったことから、「いったん変わったものが元の状態に戻ること」を意味する言葉として用いられるようになった。

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鵜の真似をする烏 (うのまねをするからす)

鵜の真似をする烏 読み:ウノマネヲスルカラス
とは、

概要

鵜の真似をする烏とは、水に潜って魚を捕る鵜を真似した烏が、うまくできず失敗するという意味から、自分の能力や立場に合わないことを無理に真似して失敗することをたとえたことわざである。

他人の成功を表面的に真似するだけではうまくいかない、という戒めとして用いられる。

例文

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・経験もないのに同じやり方を真似するのは、鵜の真似をする烏だ。

・流行だけを追って失敗するのは鵜の真似をする烏と言える。

語源

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魚捕りを得意とするが真似しても同じようにはできない、という発想から生まれたことわざ。

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雁が飛べば石亀も地団駄 (がんがとべばいしがめもじだんだ)

雁が飛べば石亀も地団駄 読み:ガンガトベバイシガメモジダンダ
とは、

概要

雁が飛べば石亀も地団駄とは、空を飛ぶ雁を見た石亀が、自分も飛びたいと思って地団駄を踏むという意味から、自分にはできないことを他人に影響されて無理に望んだり、身の程を考えず真似しようとしたりすることをたとえたことわざである。

能力や立場の違いを理解せず、他人を羨んで焦る様子を表す際にも用いられる。

例文

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・経験もないのに同じ成功を求めるのは、雁が飛べば石亀も地団駄というものだ。

・周囲に流されて無理をする姿は、まるで雁が飛べば石亀も地団駄だ。

語源

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「空を飛ぶ渡り鳥」石亀「陸や水辺で暮らす亀」地団駄「悔しさや焦りで地面を踏み鳴らすこと」から成る語。飛べる雁を見た飛べない石亀が悔しがる様子から生まれたことわざ。

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鯉が躍れば泥鰌も躍る (こいがおどればどじょうもおどる)

鯉が躍れば泥鰌も躍る 読み:コイガオドレバドジョウモオドル
とは、

概要

鯉が躍れば泥鰌も躍るとは、大きく力強い鯉が跳ねるのを見て、小さな泥鰌まで同じように跳ねようとする様子から、優れた者や目立つ者につられて、実力や立場に見合わない者まで真似をすることをたとえたことわざである。

周囲の勢いや流行に影響されて軽率に行動する様子を表す際にも用いられる。

例文

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・有名人の成功を見て安易に真似するのは、鯉が躍れば泥鰌も躍るというものだ。

・周囲に流されて同じことを始める姿は、まさに鯉が躍れば泥鰌も躍るだ。

語源

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大きな鯉が跳ねる姿につられて泥鰌まで跳ねようとする様子から生まれたことわざ。

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河童の川流れ (かっぱのかわながれ)

河童の川流れ 読み:カッパノカワナガレ
とは、

概要

河童の川流れとは、泳ぎが得意とされる河童であっても川に流されることがあるように、どれほど経験や実力のある人物でも時には失敗することがある、という意味のことわざである。

名人や専門家の失敗を表す際によく用いられ、過信への戒めとして使われる場合もある。

例文

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・長年の職人でも失敗するとは、まさに河童の川流れだ。

・慣れている作業でミスをしたが、河童の川流れということもある。

語源

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河童「日本の伝承に登場する、水辺に住むとされる妖怪」川流れ「川に流されること」から成る語。泳ぎに長けた存在とされる河童でも流されることがある、という発想から生まれたことわざ。

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