慣用句

ルビコン川を渡る (るびこんがわをわたる)

ルビコン川を渡る 読み:ルビコンガワヲワタル
とは、

概要

ルビコン川を渡る」とは、一度実行すると元の状態には戻れないような重大な決断を下し、行動に移すことを意味する慣用句である。

日常では、転職や独立、移住、事業開始など、大きな覚悟を伴う決断を表現する際に使われる。

また、政治経済の分野でも、状況を大きく変える重要な判断を示す言葉として用いられる。

例文

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・長年勤めた会社を辞めて独立することを決め、ついにルビコン川を渡った

・海外移住の契約書に署名した時点で、彼はルビコン川を渡ったと言えるだろう。

・改革法案の可決によって、政府はルビコン川を渡ることになった。

語源

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紀元前49年、ローマの将軍Gaius Julius Caesar(ガイウス・ユリウス・カエサル)が、当時のローマ法で武装した軍隊を率いて越えることを禁じられていたルビコン川を渡り、ローマへ進軍したことに由来する。この行動は内戦の引き金となり、もはや後戻りできない決断の象徴として語り継がれるようになった。

カエサルは川を渡る際に「賽は投げられた(Alea iacta est)」と述べたと伝えられており、この逸話とともに「ルビコン川を渡る」は重大な決断を意味する言葉として定着した。

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ガイウス・ユリウス・カエサル

賽は投げられた

下衆の勘繰り (げすのかんぐり)

下衆の勘繰り/下種の勘繰り読み:ゲスノカングリ
とは、

概要

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下衆の勘繰り」とは、人の心情や行動について、悪意に満ちた憶測や推測をめぐらすことを指す言い回し。

多くの場合、下品な考え方や卑しい性根の持ち主が、他人の言動に対して必要以上に邪推し、根も葉もない悪い想像をする様子を揶揄して使われる。

会話や文章で、相手の失礼な勘繰りを否定したり皮肉る場面で用いられることが多い。

語源

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下衆「品性の劣った人」という意味で、「勘繰り」は「勘ぐる」の名詞形で、「根拠のない悪意ある推測」を意味する。
つまり「下種の勘繰り」とは、「下劣な者による悪意ある憶測」という構成で、蔑みや批判を込めた表現として使われる。

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下衆

奇を衒う(きをてらう)

奇を衒う 読み:キヲテラウ
とは、

概要

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奇を衒うは、人と同じやり方や表現を避け、あえて目新しさや風変わりさを狙って行動したり発言したりすることを指す。

多くの場合、自然さよりも奇抜さを優先し、受け手から不自然・わざとらしいと感じられることが多い。

文学、芸術、会話など幅広い場面で使われるが、やや否定的な意味合いを持つ。

例文

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・彼の服装はいつも奇を衒っていて、周囲の目を引く。

奇を衒った表現ばかりでは、読者の共感を得にくい。

・監督は奇を衒わず、あえてシンプルな演出を選んだ。

語源

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「普通でないこと」衒う「誇示する、見せびらかす」という意味から。
つまり「奇を衒う」は「普通でないことを誇示して見せる」ことを表す。

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Sour Grape (サワーグレープ)

sour grapes 読み:サワーグレープス
すっぱい葡萄 読み:すっぱいぶどう
とは、

概要

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Sour grapes」とは、自分が手に入らないものを軽んじて、実際には欲しかったのにその価値を低く評価する態度を指す慣用句 。

主に、嫉妬心や失望から、そのものを無価値に見せようとする行為を表現する。

語源

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イソップ寓話の「すっぱいぶどう」に由来。話の中で、キツネが高い枝にあるぶどうを取れずに「どうせあのぶどうは酸っぱいに違いない」と言って、実際には欲しかったぶどうの価値を低く評価する様子から来ている。

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