日本語

悦に入る (えつにいる)

悦に入る 読み:エツニイル
とは、

概要

悦に入る」とは、自分の行為や成果、能力などに満足し、得意になって喜ぶことを意味する言葉である。

他人から褒められたり、自分の考えや行動がうまくいったりした際に、そのことを誇らしく感じて満足する様子を表す。
場合によっては、自惚れや自己満足のニュアンスを含んで使われることもある。

なお、この句の「入る」は「はいる」ではなく、「いる」と読む。
悦に入る」は慣用的な読み方として定着しており、「エツニイル」と読むのが正しい。

例文

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・彼は自分の成功談を語りながら悦に入っていた。

・作品が高く評価され、しばらく悦に入る気持ちだった。

・人前で自慢話ばかりして悦に入るのは好ましくない。

・彼女は周囲の称賛を受けて悦に入っているようだった。

語源

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」は「よろこぶ、満足する」という意味を持つ漢字であり、「悦に入る」は「喜びや満足の気持ちの中に入り込む」という意味から生まれた表現である。
そこから転じて、自分自身に満足して得意になる様子を表す言葉として用いられるようになった。

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対 (つい)

対 読み:ツイ
とは、

概要

とは、二つのものが互いに対応し合い、一組として扱われること、またはその組み合わせを意味する言葉である。

同じ形や性質を持つものだけでなく、役割や位置が異なっていても、一体として機能したり対応関係にあったりする二つのものを指す場合にも用いられる。

現代日本語では、「」「一対(いっつい)」「になる」などの形で広く使われている。

例文

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・この二つの置物はになっている。

・神社の入口には一の狛犬が置かれている。

・その花瓶はで飾られている。

語源

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「向かい合う、対応する」を意味する漢字に由来する。
もともとは向かい合う関係や対応関係を表す語であり、そこから「互いに対応する二つのもの」「二つで一組のもの」という意味で使われるようになった。

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懇ろ (ねんごろ)

懇ろ 読み:ネンゴロ
とは、

概要

懇ろとは、人に対して親しみや思いやりを持って接することや、心を込めて丁寧に行うことを意味する言葉である。

古くから使われている語で、「懇ろに世話をする」「懇ろな関係」のように用いられる。

相手への配慮や誠意を表す場合に使われる一方、「懇ろな仲」のように、男女が特別に親密な関係にあることを表す場合もある。

例文

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・恩師に懇ろに礼を述べた。

・地域の人々が懇ろに迎えてくれた。

・二人は懇ろな仲であるとうわさされていた。

語源

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古語の「ねもころ」に由来する。「ねもころ」は「親しくする」「心を込める」といった意味で用いられ、中世以降に音が変化して「ねんごろ」となった。なお、「ね」は本心や根本を表す語と考えられており、もともとは「心の底から親しく接すること」を意味していたとされる。漢字の「懇」は後から当てられた字である。

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感銘 (かんめい)

感銘 読み:カンメイ
とは、

概要

感銘とは、物事に深く心を動かされ、その印象が強く心に残ることを意味する言葉である。

人の言葉や行動、作品、出来事などに接した際に、強い感動や共感、尊敬の念を抱く場面で用いられる。

単なる一時的な感動ではなく、考え方や価値観に影響を与えるほど深く心に刻まれる場合に使われることが多い。

感銘を受ける」という形で用いられるのが一般的である。

例文

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・彼の生き方に感銘を受けた。

・その映画は多くの観客に感銘を与えた。

・先生の言葉が強く心に残り、深い感銘を覚えた。

語源

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「心が動く、感じる」「刻みつける、深く記憶する」から成る。つまり「心に深く刻み込まれるほど強く感じること」を意味する語である。

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面識 (めんしき)

面識 読み:メンシキ
とは、

概要

面識とは、互いに実際に会ったことがあり、顔や人となりを知っている関係を意味する言葉である。

単に名前を知っているだけではなく、直接会った経験があることを前提として用いられる。

面識がある」は「会ったことがある」「知り合いである」という意味で使われ、「面識がない」は「会ったことがない」「直接の知り合いではない」という意味で用いられる。

日常会話のほか、報道や公的な文章でもよく見られる表現である。

例文

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・彼とは以前から面識がある。

・私はその人物と面識がない。

面識のない相手から突然連絡が来た。

語源

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「顔」「知る、見分ける」から成る。つまり「相手の顔を知っていること」を意味し、転じて「実際に会ったことのある関係」を表す言葉となった。

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