日本語

無慈悲 (むじひ)

無慈悲 読み:ムジヒ
とは、

概要

無慈悲とは、慈悲がないこと、つまり相手への思いやりや情け、共感を持たず、冷酷で容赦のない態度や状態を意味する言葉である。

「無」は否定を表し、「慈悲」の持つ「相手に安らぎを与え、苦しみを取り除こうとする心」が失われた状態を表している。そのため、単に厳しいだけでなく、相手の苦痛や立場をまったく顧みない冷たさや残酷さを強く含む。

人の性格や態度を表すほか、出来事、運命、現実などに対しても使われることが多い。特に、救いのなさ、容赦のなさ、非情さを強調する場面で用いられる。

例文

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・無慈悲な判決に多くの人が衝撃を受けた。

・敵は無慈悲な攻撃を続けた。

・現実は時に無慈悲だ。

語源

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無 は「ない」、慈悲 は「深い思いやり」を意味する。

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慈悲

慈悲 (じひ)

慈悲 読み:ジヒ
とは、

概要

慈悲とは、相手に対して深い思いやりを持ち、その幸福を願い、苦しみを和らげたり取り除いたりしようとする心や態度を意味する言葉である。

仏教において特に重要な概念であり、「慈」は他者に安らぎや幸福を与えようとする心、「悲」は他者の苦しみに深く共感し、それを取り除こうとする心を指す。この二つが合わさることで、単なる優しさを超えた深い思いやりを表す言葉となっている。

もともとは仏教思想の中心概念として広く使われてきたが、現在では宗教的文脈に限らず、人への思いやり、寛容さ、情け深さを表す言葉としても用いられる。

特に、相手の立場や苦しみに寄り添い、見返りを求めずに助けようとする精神を含む点に特徴がある。

例文

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・困っている人に慈悲の心を持って接する。

・彼の行動には深い慈悲が感じられた。

・仏はすべての人に慈悲を向けるとされる。

語源

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慈 は「安らぎや幸福を与えようとする心」、悲 は「相手の苦しみに心を痛め、取り除こうとする心」を意味する。

仏教語に由来し、サンスクリット語の慈(मैत्री / マイトリー)と悲(करुणा / カルナー)を漢訳した語である。

慈の語源であるマイトリーは、「友人」を意味する mitra に由来し、相手の幸福を願う純粋で普遍的な親愛の心を表す。

悲の語源であるカルナーは、他者の苦しみを前にして心が深く痛み、放っておけないほど強く共感する心を表す。漢字の「悲」も、「非」と「心」から成り、心が引き裂かれるような痛みを含意するとされる。

仏教では、慈を「与楽」、悲を「抜苦」とし、この二つを合わせて理想的な思いやりの心として重視してきた。

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講ずる (こうずる)
とは、

語源

講「説き明かす」という意味から。

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とは、

『善良な管理者の注意義務』

『一般的、客観的に要求される程度の注意をしなければならないという注意義務のこと』

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